カナダ移民への道のり―Emmaの場合

こんにちは、はじめましてEmmaです。コモンロー(事実婚≠婚約者)の相方と一緒に2013年冬(春)に渡加し、2014年秋に永住権を取りました。日本ではなじみの薄いコモンロー。カナダでは結婚しているカップルと同等の権利があるとは知っていましたが、果たして自分たちがコモンローとして認めてもらえるか不安だったので、永住権獲得に当たって、1)コモンローが認められたとしてどちらか先に条件を満たした方が申請者になる(もう一人は配偶者とし申請)、2)認められなかった場合はそれぞれ申請、と考えていました。幸い自分たちの用意した書類と実態がコモンローとして認められたので、相方を申請者として無事二人一緒に永住権を獲得しました。コモンロー証明に必要だった書類などはまた別に記事にしたいと思います。

ここでは自己紹介も兼ねて、海外移住がしたい!と思ってから実際に永住権取るまでの経緯を簡単に紹介したいと思います。もうだいぶ時間がたってしまって今と微妙に申請のプロセスなどが変わってしまい、そのまま参考にできない部分も多いかと思いますが…。

2012年前半

オーストラリアなら職種によっては移住の希望があるかもと思い、大学院→卒業ワークビザ→州スポンサー移民の計画を立てる。が、行ったことない国だったので莫大な学費を払う前にとりあえず様子見でTAFEに短気留学。相方は日本に残し単身渡豪。

2012年後半

オーストラリア留学。個人的にあり。しかし相方が豪は乗り気でない様子なので同じく州スポンサー制度があるカナダとどちらかを選ばせたら、カナダを選んだのでオーストラリアで進学は諦め、渡加を決める。相方にワーホリの申請を促す。

2013年1月

日本に一時帰国。ワーホリの申請を始める。相方のワーホリ許可がおりる。

2013年2月

私のワーホリ許可は下りない上に豪の無犯罪証明書、州の運転事故記録などの追加書類を求められるが、もうチケットも取ってしまったのでワーホリがおりないままカナダ行きを決行。

2013年3月

カルガリー経由でカナダ入り。寒い。そしてホテルの朝食が胃にもたれる。時差ぼけもあいまって相方が体調を崩す。申し込んでた語学学校が始まる。ホテルの無料WiFi使ってkijijiで家探し。シェアハウスが見つかるが、改装中らしく入れるまでの数日ユースホステルに泊まる。引っ越し完了。しかしまだ家にネットがないので図書館の無料WiFiで相方仕事探し。

2013年4月

相方に仕事(調理師)が見つかる。始めは様子見と言われたが、経験と実績を買われ2週目からはがっつりフルタイムで働き始める。私は国境に連れて行ってもらい、ワーホリでのオープンワークパーミットを取得。

2013年5月

規定の英語力に達したため、付属語学学校を卒業。カレッジに本コースの申し込みをするが人気らしく14年の9月入学になると言われる。

2013年6月

私の仕事(サーバー)が見つかる。

2013年10月

(上旬)無事に相方が就業6カ月たったのでMPNPを申し込む。今と違ってEOIはなく、直接申し込む方式でした。

(中旬)数日後、追加書類を求められる(IMM5409(コモンローのやつ)と過去3カ月分のbank statement)

(下旬)すべての書類をマニトバ政府が受け取った模様

2013年12月

(中旬)MPNPからの合格通知(メール)が届く→2日後に正式なレターが郵送で届く。

(下旬)ワークパーミットをオンラインで延長申請。私も相方の配偶者としてオープンワークパーミットを申請。永住権申請の書類を揃え、CICへ郵送→休みを挟んで5日ほどで届く

2014年 1月

(上旬)無事に二人分のワークパーミットが許可される(相方はオファーレターをもらった雇用主限定のクローズド、私は配偶者としてオープン)

2014年 2月

(中旬)ファイルナンバーと健康診断を受けなさいとのお知らせが届く。ウィニペグ市内の指定の病院に電話して予約を取り、健康診断をうける。

2014年3月~8月

待つ、待つ、待つ…。その間に6カ月以上滞在した国のポリスチェック(無犯罪証明書)の申請を済ます。そしてスタディパーミットも申請する。

2014年9月

1年前に申し込んでいたレッドリバーカレッジのプログラムが始まる。まだPRがおりてないので最初の一学期分は留学生料金を払う。

(上旬)オンラインステータスがIn Processに変わる。最初の申請時に同封できなかった相方の無犯罪証明書(数カ国分)を提出せよとの連絡→準備しておいたのですぐ郵送

(中旬)私の経歴に不備があったため(18歳の誕生日から数か月分が抜けていた)直して再提出を求められる→すぐに直して郵送。

(下旬)オンラインステータスがDecision Madeに!永住権の申請に判断が下された模様。

2014年 10月

(上旬) Confirmation of PRが郵送で届く。次の日に国境へ行き、無事二人でPRを取得。

Follow me!

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする